なぜその光を選ぶのか
広告写真に携わると教わることの一つに「メインライトは左から。」 があります。
商品撮影でも人物撮影でも、左側から光を当てた写真は、どこか自然で見慣れた印象になります。
実際、広告写真やカタログ写真の多くは左光源で撮影されています。
では、なぜ左なのでしょうか。
「左光源」が定着した理由
理由は一つではないようです。
人間は、無意識のうちに「光は左上から当たるもの」と考えやすいという視覚心理学の研究があります。
さらに歴史をたどると、ルネサンス以降の西洋絵画では、左側の窓から入る自然光を利用して制作する画家が多くいました。
右利きの画家にとっては、左から光が入る方が自分の手の影ができにくく、作業しやすかったからのようです。
その後、そのライティングの考え方は写真へも受け継がれ、広告写真の世界でも「左光源」が一つのスタンダードになりました。
つまり、左光源は単なるルールではなく、長い歴史の中で培われた「見慣れた光」となったようです。
私は日本の工芸を撮っている
なるほど。
しかし、ここで一つの疑問が生まれます。
私が撮影しているものの中には、
漆器、和紙、木工、仏壇、茶道具など、日本の伝統工芸があります。
これらは、西洋絵画の価値観の中で生まれたものではありません。
むしろ、日本独自の美意識の中で育まれてきた文化です。
それなのに、広告写真の「左光源」という常識を、そのまま当てはめて本当にいいのだろうか。
そんなことを考えるようになりました。
茶室には「決まった光」はない
和文化の1つ、茶室。
茶室は一般的に床の間がある壁を正面とします。
ところが、茶室へ行くと、必ず左側に窓があるというわけではありません。
床の間も、掛け軸も、花も、その日の自然光を受け入れるように設えられています。
そこには、「左から光を当てる」というルールよりも、
「その場にある光をどう生かすか」
という考え方があります。
漆も同じです。
魅力を決めるのは、光の向きではなく、映り込みや透明感、奥行きです。
和紙も、繊維の表情や柔らかな透過光によって印象が大きく変わります。
つまり、日本の工芸では「左が正しい」のではなく、「作品が最も美しく見える光」が正解なのではないかと感じています。
写真を撮る仕事は必ずしも「ルールを守ること」ではない
少し乱暴な表現になってしまいました。
大前提として、広告写真の基本を否定するつもりは全くありません。
左光源には、長い歴史の中で積み重ねられてきた合理性があります。
だから僕も、まずは基本を大切にします。
しかし、その基本を知っているからこそ、「今回は右から光を入れよう」と判断できる場面があります。
それは個性を出したいからではなく、
作品の質感や、職人の想い、その文化的背景まで含めて考えた結果として、最適な光を選びたいからです。
撮りたいのは、「商品」ではなく「文化」
写真は、ただ形を記録するものではありません。
一枚の写真には、
職人が長い年月をかけて磨いてきた技術や、その土地の歴史、素材の表情、空気感までも写すことができます。
だから撮影のたびに考えるのは、
「どう撮るか」ではなく、
「そのお品は、本来どんな光の中で最も美しく見えるのか。」
広告写真の常識を学びながら、日本の工芸が持つ美意識にも耳を傾ける。
その二つを行き来しながら、写真を通して日本文化を未来へ継いでいきたいと思っています。